For Others 125人の人物ファイル図鑑

file no.17

名前
西村 絢子
性別
女性
年齢
31歳
回生
55回生
出身中
皇徳寺中学校
西村 絢子

現在の仕事をご紹介下さい。

医師(神経内科)です。脳梗塞やてんかん、筋肉・脊髄の病気を中心に、身近なものではめまいや頭痛などを診ています。今は東京で働いています。

現在の仕事を目指したきっかけを教えてください。

父が医師で開業していたので、自然と興味を持つようになっていました。ですが、大きな転機になったのは、高校1年の冬に父が脳出血で倒れたことでした。重度の失語と右半身麻痺で父の人生も家族の生活も一変しました。

父の心配もさながら開業して5年の出来事だったので、恥ずかしい話ですが、高校を辞めて働くことになるのか、家族はバラバラになってしまうのかと自分や兄妹のことを思っていました。

後遺症は強く残したままでしたが、父が仕事復帰してくれたおかげで人生を諦めずに済みました(そのリカバリーは人並み以上でしたが、もし私が彼の主治医なら当時の状態での復職は間違いなく止めています...)。

諦めないで済んだ人生だから、精一杯この運命に向き合って生きて行こうと決めたので、私に脳卒中を診る医師以外の選択肢はありませんでした。

失敗から学んだことを教えてください。

失敗ですか(笑)。私は成績順位表のカッコで括られた「その他」だったので。一度授業について行けなくなるとそこからが地獄でした。

補習があってもその内容がわからない、何をどこから手をつければいいのかわからない、早く3年間がどうにか過ぎて浪人でリセットされるのを待つしかないと思っていました。

これは多分私だけでなく今の鶴丸生にも心当たりのある人がいると思うんです。浪人の時間は決して無駄ではなく、今の私にとって必要な時間だったと思っています。だからそれは失敗じゃない。

でも、きっと世間一般からしてみれば、失敗なんでしょうね。確かに少し長かった気はします。

これからの目標、夢を語ってください。

医師として人の生き様を守れるようになりたいとは思います。実際は自分自身が未熟で知識や思いやりに欠けていたり、人によって生き様が多様過ぎて面食らったり...。

28歳で医師になったので、15歳の時の私からすれば、多分夢は叶えているのだと思います。でも、その13年間自分の人生をかけて手に入れたいと思っていた答えは、望んでいたものと違った。

知識や立場を手に入れても、助けたかったあの日の父の人生は、例えその日に戻れたとしても変えることはできなかった。虚無感に苛まれましたが、今の私にできることは、目の前にいる患者さんに手を差し伸べ一緒に歩むことなのだと思うようになりました。

夢を描く・叶える・その先に行く、そんな話をこの場所では求められているのかもしれません。ですが、叶えたはずのものが望んだものと違っていても、そのことで自分自身を呪うことのないよう自戒を込めて綴らせていただきました。

鹿児島(出身)の学生にエールをお願いします(^ ^)!

高校生の皆さんにはまだ数限りない可能性があります。固定観念に囚われることなく、個性や才能そして努力を信じ、自分自身に問いかけながら精一杯生きて欲しいと切に願っています。

また、これからの日本はそう遠くない未来に経済的に大きな転機を迎えるはずです。そのときに世の中を導けるように、また大切な人を守れるように、考える力(学問)と発想力を養った方が良いです。高校は勉強するところ。大学は学問をするところ。勉強は自分のためのもの、学問は人に還元するためのもの。より良いスタートラインに立てるように、まずは勉強ですね。

西村 絢子
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